藤田 健三

 早いもので,楯築診療所を開業してから10年がたってしましました。ほとんど夢のような感じです。私も今年で77歳で喜寿となってしまいました。

 さて、この間何が出来て,何が出来なかったのかと考えてみますと,元来訪問診療の出来る診療所を目指しており,先達の忠告どおりに在宅支援診療所として出発し,訪問看護ステーション「ビートウォール」とも協力関係を持ちながら診療を開始しています。これまでも関わっていた人や,精神科病院からの紹介や,相談支援事業所からの紹介などで最初はともかく,しばらくするとそれなりの患者さんと関われるようになっています。その後,外来診療の実施が必須となったり,訪問看護ステーションとの相互協力が診療報酬上は出来なくなるなど,精神科の地域診療の動きにブレーキが掛けられているのではと思うこともありましたが,現在は当院が関わらせていただいた利用者数は1000件を超えており,もちろんこの数字は通過した人も含めた数字であり,現在抱えている数字ではありませんが,この中で訪問件数は実数では約350件となり,その中にはこれまで精神科の医療につながりにくかった人が含まれます。それとともに,地域の関係機関とのネットワークも出来つつあります。地域精神医療を志向する機関としてはそれなりの約割を果たしているとは思えています。

 出来ていないことになると何でしょうか。精神科医療が病院医療を中心に展開されています。病院の医療も精神医療に求められているものを敏感に察知して変って行っています。この中で地域の精神科診療所の役割は,①こころの悩みを持つ人にとって身近な場所になること,②こころの悩みに対して医療,生活,生きがいなどを含めた多面的な支援が出来る場所になること,少なくともそれらのネットワークの結節点になること,③それらの活動により地域をだれにとっても住みやすい場所にすること,などでしょうか。これがまだ十分に出来ているとは云えないと思っています。

 開業してから思ったことは,人の心はいろいろな影響を受けて育っていくこと,しかしその影響には随分と辛いものもあれば,それを心にずっと刻印された形で必死に生きている人が多いこと,そしてそれが何らかの形で昇華することは,周りの人も含めて並大抵なものでないことなどが,わかったように思います。

 それと,唐突ですが,精神科医療の原点はやはり統合失調症から始まっているという思いを改めて感じています。統合失調症との取り組みはすべての精神疾患,精神障がいとの関わりの原点だと突如降りてきました。開設後11年目からどうするか,その原点を大事にすることからでしょうか。

山本昌知先生と藤田健三先生